大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和36年(う)58号 判決

被告人 大田哲雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二月に処する。

但し本裁判確定の日より一年間右刑の執行を猶予する。

原審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人西田公一、同外山佳昌の控訴の趣意は記録編綴の両弁護人作成名義の控訴趣意書その一及び同その二に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意書その一について。(省略)

次いで控訴趣意書その二の論旨について検討する。

論旨は原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認と法令の適用の誤りがあるとし、

第一、(省略)

第二、次に所論は原判示急告板に記載の文言はその掲載する事項の性質並びに具体的な本件の掲載内容より見ると、何等永続性のないものであるばかりでなく一般取引に関係のある権利義務に関するものでもなく或はその証明のためのものでもないから被告人の抹消行為は公用文書の毀棄にはならないと言うのである。

よつて所論を検討するに、右急告板の文言は証拠によれば公務員たる国鉄可部線管理事務所長岡村末人の命により同駅祇園駅助役立村正己(但し横川駅より応援に赴いたもの)が記載した文書であることは疑いのないところである。しかし元来駅における急告板に掲載する事項なるものは、その性質目的よりして通常は列車又は電車の運行状況についての報道案内であり、それも通例数時間後と言うような極めて短時間の後に抹消せられることを予定せられているものであつて、今これを本件について見ても白墨で記載された内容は原判示の如く、「組合の不法行為により乗務員がらちされ各列車が遅延又は運転中止にあつております。当局ではできるだけ努力して列車の運転を確保していますが、以上の理由により大変御迷惑をおかけしておりますことをお詫びします」と言うのであつて、やや事情を異にするとは言え、これまた通常の場合と同じく旅客に対する列車の運行状況の報道案内を記載したものに過ぎないのであつて、職場大会が終了し、列車が正常運転に回復すれば(本件では約五、六時間後に正常運転に復している)当然抹消さるべきものであることが認められる。しかして所論引用に係る判例のいわゆる永続性とは必ずしも長時間の継続を意味しているものとは解し難いから、この点の所論は採るを得ないが、刑法第二五八条に言う公務所の用に供する文書は、それが公文書たると私文書たるとを問わず、又偽造或は未完成のものであり且つ経済的に無価値の文書であつても、いやしくも公務所において使用又はそのために保管中のものは広くこれを包含するものと解されているところ、法が公用文書の毀棄の罪を他の損壊罪と区別し、殊に取引上重要な意義を有する権利義務に関する私文書を毀棄した場合の同法第二五九条の犯罪よりも遙かに重い刑を定めた所以のものは、公務所において保管する文書の非代替性、証憑価値に注目し、取引上における信用の具である文書の証明力を保護し以て公務の円滑な運行を期したものと認むべきである。しかるときは毀棄の対象たるべき文書は文字又は符号自体により表示せられる思想の記載であつて、証明の用に供さるべき書類であることを要するものと解すべきである。して見れば本件のようにその内容が単に旅客に対する報道案内ないしは陳謝文であつて、しかも数時間後には当然抹消廃棄されるべき性質の文書は、どのように見ても未だ以て事実の証明に供する文書とは認め難いから原判示急告板の掲載文は刑法第二五八条にいわゆる公用文書には属せず、同法第二六一条の前三条以外の物の範疇に入るべき文書に過ぎないものと言わざるを得ない。(以下省略)

以上所論の総てについて検討を終つたのであるが、本件は前記の如く、控訴趣意書その二の第二の論旨が理由あり、原判決は到底破審を免れないところであるから、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条、第三八二条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により直ちに判決すべきものとする。

当裁判所の認定する罪となるべき事実、

原判示第一の事実を判文中最後の「以て公務所の用に供する文書」とある部分を「以て右文書」と訂正しその他は原判示どおり認定する。

(証拠の標目)

これに対する証拠の標目は原判決の掲げる関係証拠を引用する。

(法令の適用)

法律に照すと、被告人の所為中、当審認定の器物毀棄の点は刑法第二六一条罰金等臨時措置法第三条に、原判示第二の公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項に、同第三の脅迫の点は同法第二二二条第一項、罰金等臨時措置法第三条にそれぞれ該当するところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、同法第四七条、第一〇条に則り犯情の重い公務執行妨害罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内において被告人を懲役二月に処し、所犯情状は極めて軽微であるから、同法第二五条により本裁判確定の日より一年間右刑の執行を猶予すべく、なお原審の訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により総て被告人をして負担せしむべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 村木友市 幸田輝治 牛尾守三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例